吉永小百合 のいのちの停車場を 観 た
南  杏 子 読んだ

                                                 大阪市 原野 通有         
                        



私はサユリストではないが、十代から今日に至るまで彼女は全ての映画で主演を続け正に日本の代表的女優だと認められる。さすがは女優で歳を綺麗に重ねてお婆ちゃん臭さは見られない。実年齢よりも15歳も若い女医を初めて演じていた。

 主人公白石咲和子は東京の城北医大病院の救命救急副センター長を医療の手違いで投げ打つ羽目になり老いた父の待つ故郷の金沢に帰る。映画では在宅医療まほろば診療所で6人の重症患者の死に立ち向かう。死に逝く者の苦しみもあれば、死を看取る覚悟もと医者は説く。厚生労働省の高級官僚の宮嶋一義審議官57歳が膵臓癌で故郷で死の床に就く。膵臓は体の奥まった箇所にあるから見つかった時はほぼ命が助からないのは今日では良く知られている。医学的に死の兆候、過程を主人公咲和子は家族に説明する。幸か不幸か私は人の死の瞬間にまだ出会ったことがない。なるほど危篤とはこういう状態を言うのかなと私も理解した。

《宮嶋の腕を動かして関節の拘縮具合を確かめたとき、抵抗がほとんど感じられなかった。腕も、体幹も同じで、体全体に力が入らない様子だ。生命の炎が燃え尽きる時を迎えたのだと咲和子は確信した》《意識混濁や下顎呼吸などの死に至る変化を妻の友里恵に伝える》その間際宮嶋は疎遠だった息子大樹の名を呼ぶ。咲和子はとっさに医者志願の助手の《野呂の手を引き寄せて宮嶋に握らせた。「宮嶋さん、息子さんですよ。息子さんが見えましたよ」次の瞬間野呂も《「親父、親父」と大声を出した》そして、《咲和子は宮嶋の胸に聴診器を当てる。それから瞼を開き、ペンライトで瞳孔を確認した。呼吸音が消失し、心音も消失、対光反射も消失していた。死亡確認の三兆候だ》

 人生最大の問題は【死】なのに、我々は【死】について考えるのが少ないように思える。

私は死は怖い。 死ぬのは死ぬほど嫌だ。


 自分がいない世界は信じられない。自分が存在しない世の中なら無くても良いと思ったりすることすらある。

 まだ若いのにと悼まれる死もあるが、子供の長年の闘病の末に命が尽きるのは涙を誘う。北陸小児がんセンターから在宅医療の依頼があった患者は6歳、若林萌。腎腫症で、肝転移も有り、ステージ4の末期症状である。「万引き家族」にも出演した佐々木みゆの子役は三角毛糸帽をかぶり、血色も良くない顔付きで難しい役柄を上手にこなしていた。死というものを知らないようで、知っている萌は皆を困らせる。《愛娘に死が迫っているという現実を、すぐに受け入れられる親なんて、世の中にいるわけがないよ》少女は《萌ね、海に行きたい》《だって萌はもうすぐ死ぬんでしょう。だから海に行きたいの。死ぬ前に海に連れてって》《海の神様にお願いしたいの。今度は本物の人魚に産まれさせて》と。皆で知恵を絞り車で千里浜のなぎさのドライブウエイを走り、両親が波打ち際まで抱いて行く、萌の願いは叶った。波に足を洗われながら萌は改まった調子で言う。《パパ、ママ、萌ね……》《癌の子でごめんね》両親は顔をゆがめた。《萌は、萌だから》館内のあちらこちらですすり泣く声がする。海に出かけた三日後の朝、萌は亡くなった。

 田中泯演じる咲和子の父は幾つかの疾患の痛みに苦しめられて《リクエストを口にした。「お父さんを楽にさせてくれ」》私の父も延命治療をするな、死に顔を人に見せるな、と言い残して旅立った。

 1世紀近く生きると《老醜をさらす前に母さんの処へ》行きたい心境になるのだろう。ましてや激しい痛みを抱えていては。しかし、日本では安楽死は認められていない。悩みに悩んだ末に咲和子は注射針を手にした。その朝の金沢の朝焼けを二人は穏やかに眺めていた。人の寿命が延びたこんにち、医学が生き長らえさせる現代、政治の世界で安楽死を認める法の論議があるべきだ。昭和の時代よりも遥かに死にたい、死なせたい患者が増えているから。



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