恭子の日記 ㉕ 

                                            



 

展示会が続いたが、友人や寺子屋の教え子たちや卒業生がたくさん来てくれた。
懐かしい人たちと会えて、その夜心地よい疲れでぐっすりと眠ってしまった。次の朝目覚めると、今年大学生になったばかりの子から1通のメールが届いていた。その子は大学生活を充実したものにしようと懸命だった。けれどうっかり提出物の内容を取り間違えて単位を全て落とすようになるかも、というメールだった。落ち着けるから、恭子ママのメールをくださいという内容だった。

 どうしようか?と思う事は本当に時々やってくる。その子のメールを見ながら、昔々の大学生の頃の私を思い出していた。私は和弓を引いていた。段もとり、インターハイに出ることになった。体育の副部長もしていたし、アルバイトにも駆け回っていた。特にスポーツに夢中になっていたために大切な英語の英文学史を落としてしまった。とても厳しい先生で叱る声は遠くまで響くように怖かった。

 私はインターハイがあるので追試の日を変えていただけないでしょうか? とお願いに行ったが、それはあなたのせいよと冷たく突っぱねられてしまった。念願のインターハイをあきらめるのか、それとも単位を落とすのか、とても迷った。

 私は必死だった。再度叱られることを覚悟で頭を下げにいった。全て自分のせいです。でもどうしてもインターハイにも行きたいので英文学史もがんばって勉強するので再テストの日をずらしていただけないでしょうか? すると先生はこう言われた。地球が壊れてもテストの日を変える事はできません。だけどあなたがそこまで心を尽くしてこのことを深く考えたのなら、あなたはきっと追試をクリアするでしょう。

 人生にはいつも道が2つあって右を取るか左を取るかだ。私はインターハイに出たかったのだが、先生が私に対して心を尽くしてくださった言葉は多分人生の大切なことの1つだろうと思いインターハイを諦めた。だからメールで助けを求めてきた生徒の気持ちは本当によくわかった。今分かれてる道のどちらを選ぶか、彼女もとても苦しい思いをしているのだとわかった。だけど正しいことを一生懸命して、思いを伝えたら人生はまた良いほうに変わるのだと言うこともわかっていた。

 インターハイは諦めないといけなかったけれど、厳しかったその先生はそれから私によく目をかけてくれるようになり、優しくなり、関係がとてもよくなった。いいこともあるし悪いこともある。正しい判断をするときっと長い人生の幸せの道につながっているのはわかる。私は彼女と同じような苦しい思いをしたからこそ、彼女の気持ちを深くわかってあげることができたのだと思う。

 今自分が置かれている試練は何のためなのか、誰のためなのか、すぐに結果が見えないと落ち込みそうになることもある。だけどそれは長い長い年月を経て、誰かの横に寄り添う心を持つための大切な経験なのだと今はしみじみと思う。だからすべてのことに嘆かず全てを受け入れ、いずれ誰かの役に立つための試練と思えば、どんなことも頑張って受け入れられると伝えた。翌々日、彼女からメールが届いた。

 恭子ママのメールを見て、私も勇気を出しました。思い煩って立ち止まるより先生に真心を素直に伝えたら留年はなくなりました。というメールだった。

 人は皆欠点があり失敗を繰り返す。だからそんな自分を許してもらう経験をした人は、人を許せる心を持てるようになるのだと改めて思った。

中田 恭子

(画柳会代表 横浜)


               


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