〽想像してごらん 天国も地獄もない世界を

 想像してごらん 国もない 殺す理由も死ぬ理由もない

 そして 宗教もない ただ平和に生きるだけの世界を……

 ジョンレノンの歌声が背後から聞こえてきた。女性ジョガーが二の腕のスマホから『イマジン』を流しながら、もたもた歩いている老人(僕のこと)を、あっという間に追い抜いていった。

 3月中旬、東京都福祉保健局生活福祉部計画課援護恩給担当より一通の手紙が来た。『第11回特別弔慰金請求の案内』とあった。

 フィリピン・ルソン島バギオ東方山地で戦死(おそらく餓死)した親父(享年33歳)の遺族に対する弔慰金である。居住区の窓口へ行って請求手続きをすれば、総額25万円の国債が支給され、毎年5万円ずつ償還されるのだ。

 お布施、供物代、食事代、交通費など法事にかかる全費用をカバーしてくれる額ではないけれど、亡くなった兄貴の代わりに有難く頂くことにした。早速、江東区役所に出かけ、手続きを済ませたが、これから、書類が東京都→厚生労働省→財務省→日本銀行→江東区→請求者と回るので、約一年も時間がかかるとのことであった。

 今更ながら、一家の大黒柱の国民と最後は前途洋々たる有能な学生までをも、国家の言う正義のために、僅か一銭五厘の赤紙一枚で戦場へ送り込んだ国家権力の恐ろしさに体が震えてくるのだ。

 ジョンレノンの『イマジン』の歌詞は、トーマスモアの著作『ユートピア』を下敷きにしていると思われる。Utopia(理想鄕、空想上の理想的社会)の元々の意味は「どこにもない場所」ということだから、やはり国家なき社会は単なる幻影に過ぎないのだろうか。恒久平和を願ってポーランド人が発明した国際共通語・エスペラント語も、結局、英語、スペイン語、アラビア語などを凌げずに発展できずにいるのが現実だ。

 人間は、生まれた時には、すでに格差が始まっているのが現実なのだ。不幸にも戦争で国に命を奪われた日本国籍の兵士の遺族には、政府は少額ながら年金という形で落とし前をつけた。しかし、日本の兵士として戦場に送られた半島出身の外国人には、充分な補償がなされなかったことには心が痛む。

 ヨーロッパ駐在が長かった僕ら夫婦は、西独で生まれた息子と娘をスイスで育てた。彼らは、現地の大学を出、そのままスイスの会社に就職した。日本では法律が変わり、二重国籍が許されないことになった。日本国籍では不都合なことが多いので、彼らは日本国籍を捨て、スイス人になることを選択した。

 白人至上主義のヨーロッパでは、平たい顔のアジア人は、よほどの才能がない限り蔑視されてしまうのだ。民族間の対立は、アメリカとソ連の東西冷戦時代よりも、親分がいなくなった現在の方がますます激しさを増している。中東、アフリカ、アジアで絶え間なく戦火が燃え盛り、経済格差、地球温暖化、環境破壊はとどまるところを知らない。

 拒否権が認められている国連では、大国のエゴが罷り通り、理想を求める機能は、ほとんど無いに等しいのが現状だ。新型コロナウイルスの蔓延で、自国ファーストの国家のエゴはますます凶暴になっている。この情けない現状を見たら、トーマスモアやジョンレノンはなんと嘆くだろうか。

 せめて、戦争も核兵器もコロナもない平和な世界への出口戦略のロードマップを見届けてから死にたいものだとつくづく思う。

 『朝練や 十五の夏を 疑はず』―香深

 自句自解―戦争、無差別テロ、自然災害、伝染病など、想定外の災厄で、人類はかけがえのない日常の崩壊を幾度も経験して来ました。

 それでもなお、若い人たちには、希望を失わず、ゆっくり前進していってほしい、と熱いエールを送りたい。





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