名画座、万歳!
「ギンレイホール」


                      東京  醉 祥




                

学生時代は新宿の日活名画座や池袋の文芸座によく通ったけれど、サラリーマンになると、もっぱら酒場通いで、映画鑑賞から遠ざかってしまっていた。

 リタイアしてから、始めたテニスも不整脈で倒れたのでできなくなってしまったのでテレビ、ラジオ、読書以外に昼間やることがなくなってしまった。

 僕の好きな作家の一人である原田マハが書いた『キネマの神様』に登場する名画座は神楽坂にあるギンレイホール(1974年開業)がモデルだ。欧州駐在が長かった僕は、『キネマの神様』を読むまで、この映画館を知らなかった。

 2本立てでシニアは1000円である。見たい映画がかかった時、たまに出かけていたけれど、自由時間が増えた今、思い切って、ギンレイシネマクラブの会員になった。年会費1万1000円(税込)。2週間ごとにプログラムが変わるから、1本あたり200円ちょっとは割安である。、概ね納得がいく作品が多い。たとえ、商業的にはヒットしなかったものでも、優れた問題作を上映しているところは、神保町の岩波ホール(ここはシニア料金1本で1500円と高い)と同じく、良心的な姿勢で評価できる。

 先日、見てきたのは、『長いお別れ』(中野量太監督、認知症になった元中学校長の家族の話。山崎努と蒼井優が好演。以前、封切りで見たので今回は2度目。やっぱり原作本の方が中身は濃い)と『洗骨』(ゴリこと照屋年之監督、4年前に他界した妻の骨を洗う沖縄・粟国島の風習を描いた家族ドラマ。奥田瑛二、筒井道隆、大島蓉子がうまい)。2本とも、笑わせ泣かせ、家族の絆、生きていることの素晴らしさを教えてくれるいい映画だった。田園調布から出てきたのだろうか、隣席の品のいいご婦人が、僕と同じようにクスクス笑ったり、ハンカチで涙を拭いているのが伝わってくる。家でDVDを見る時と違い(カミさんはたいがい途中から白川夜船だが)、見知らぬ人たちと感激を共にできる映画館での鑑賞はやっぱりいいものである。

 ギンレイには、平日の朝一で出かけることにしている。週末は朝から、平日でも午後には長い行列ができてしまい、好きな席に座れないからだ。スクリーンの左側、前から3番目(僕は眼鏡をかけてもかなりのド近眼)の2人席の通路側が僕の定番である。この席を確保するには朝9時半に到着しなければならない。休憩時間はわずか15分。この間に、トイレを済ませ、おにぎりをお茶で流し込む。

 待ち時間の楽しみは、BGMである。スピーカーが高品質で、音響効果がなかなか素晴らしい。オールディーズがほとんどであるが、今回は、聞きなれないヴォーカルだった。『Moonlight Serenade』が耳に心地よく響いてくる。気だるいスモーキー・ヴォイスに堪らなく痺れた。

 続いて、『Fly me to the moon』が聞こえてきた。これもなかなかのもの。休憩時間に、受付に飛んで行って、モギリ嬢に訊いてみた。さすが、サービスの良いギンレイだ。即座に「エミ・マイヤーのCDアルバム『モノクローム』です」、と親切に教えてくれた。

 家に帰って、早速、ネットで調べた。1987年京都生れの32歳。アメリカ人の父と日本人の母を持つハーフ。ニューヨークの音大を出、主に、ロスで活動しているようだ。エミを知ったのは今日の大きな収穫だった。

 ギンレイは収容人員206人の小さな映画館だけれど、僕にとっては、とても居心地の良い場所だ。椅子良し。臭い無し。僕の嫌いなポップコーンを売っていないだけでも表彰ものである。来月は、『Cold War』(2018年ポーランド映画)と『ワイルドライフ』(2018年アメリカ映画)を見に行く。どちらも人間愛の物語だ。

 読書と同じように、映画から、自分が経験できなかった未知の世界や、人生について色々学べるのは大きな喜びだ。ボケない限り、僕のギンレイ詣は続くことだろう。



楽坂名画座「ギンレイホール」


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