闘 病 記

 当誌の執筆者のひとり、在仏30年の舞踏家であり映画監督である岩名雅記氏がこの夏、肺の難病に罹患しました(癌の一種)。
5作目の映画「ニオンのオルゴール」を日仏で撮影中に病魔に冒されたのです。
突然のことですが、表現者である同氏の了解を得て、発症の段階から残された日々を闘病記として書かれたものを当誌にも掲載してもらうことにしました。
ノルマンディの自宅で病と闘う氏の心情をお汲み取り下さい(編集部)。





2018年東京新宿酒場エスパにて



8月14日 人生初の入院

 昨日のCTスキャンの診断結果により、急遽ル・マン市の総合病院に入院することになりました。左肺のみ不全。自分には記憶がないが、アスベスト禍が疑われている。人生初の入院。

8月21日 原因不明の不審な液体

 入院が突然だったので自分でも事態を踏まえられず慌てました。肺臓とそれを覆っている胸膜の間に不審な液体がたまり、それが左肺の肺胞の動きを制約しているようです。肺そのものには異常がないようですがこの液体の除去と侵入の源を探知しなければなりません。この1週間はファイバースコープによる気管支からの肺の内視、分析用の不審液体の採取(2分の1リットル)などがあり、来週から治療が始まります。原因がつかめていないので楽観はできませんが現在までのところは個室でのんびりと人生の休暇を楽しんでいます。

8月30日 左胸膜から液体抽出

 病院に特別なネット設備がなく、週一回連れ合いの友人がスマホでネット供給をしてくれるだけなのでお礼の返事遅れました。病の方は8月25日に左肺を包んでいる胸膜(2層)の間にパイプを入れて3日かかって1200㎎(1リットル強)の液体を抽出しました。問題はこの液体が何者であり、再度侵入してくるかどうかが不明なのです。来週冒頭に検査結果がでて異常がなければ退院となります。まあ生活もこれまでと同じようにというわけにはいかないでしょうが。またアスベスト云々はスキャンを実施した研究員がその可能性を述べただけで関係はなさそうです。

9月3日 胸膜の悪性腫瘍だった

 昨日9月2日に3週間ぶりに家へ戻りました。 診断の結果ですが、(半分は予感していましたが)最悪です。メゾトリウム、日本語では悪性中皮腫と呼ばれる胸膜の悪性腫瘍でした。昨日は退院前、胸郭の専門医から詳細を聞きました。最終のレントゲン写真では右肺は綺麗に肺胞が写っているのに左肺はあたかもワクワクと湧き上がる夏雲のように異常な胸膜に覆われていました。何でもこの病は奇病難病の一つで完治はないそうです。人にもよりますが余命が数えられるほどだそうです。今が人生の仕切り直しです。

 最初に妻と子供に申し訳ないと思いました。次に手がけている仕事(映画作品のヨーロッパ撮影部分)をどうするかということです。連れ合いに「あんたは余生を草むしりして過ごすようなタマではないんだからしっかりしなきゃ」とハッパをかけられました。嬉しくて涙が出ました。今後は限られた命に向かって1日1日を生きていきます。

 皆さまからのたくさんの励ましの言葉に大感謝です。これだけで俺は恵まれているなあと思いひとしおです。ありがとうございます。最後まで生き続けます。(なお、お一人お一人にメッセージでお答えできないことがあります。あらかじめお詫びします)

9月5日 ケトン食事療法
アスベストなど


 FB友人のKさんのアドバイスで早速ケトン食事療法を始めた。悪性腫瘍を「栄養する」糖質を徹底して排除する食事療法。コメ、パン、牛乳、果実などを一切採らない。糖質だけを受け入れる腫瘍にいっさい栄養を与えずいわば兵糧攻めにする戦略。これに類似しているのが獣生肉と魚、獣肉油と魚油を主食にしているイヌイートの食事だという。まず4日続けると肝臓の機能が転換してくるらしい。ところでこの中皮腫の原因だが、今でもにわかには信じられないのだが30~40年前のアスベスト塵の吸入だという。自分ではまったく身に覚えはないのだが、思い起こせば確かに1975年前後の演劇修行時代の数年間、新築ビルの下貼り天井張りをしていたことがある。扱っていたのは畳大の石膏ボードだったが今だにアスベスト公害の原因が定かではないのだから疑うに十分だろう。

 とすれば今でもお付き合いしている演劇時代の諸先輩(大方が現在80代)も罹患してもいいはずだがそうでないところがこの病の不思議ということらしい。オレは人生のいたずら/罠にはまってしまったわけだ。

9月10日 連れ合いの獅子奮迅の働き

 此の二日間は下痢と高熱で寝込んでいました。冷えたサプリメント・ドリンクを一気に呑んだせいでしょうか。あるいはケトンダイエットを生真面目にやりすぎて糖質をこの5日間ほとんど摂らなかった体のリアクションだったのでしょうか。これからは1日50gを超えない範囲でもう少し糖分を摂りながらやってみようかと思います。

 一方で連れ合いは獅子奮迅の働き。さまざまな友人に電話してこの中皮腫専門の医者がルマンにいることを発見、22日の診断ランデブーを取り付けました。また肺がんと脳腫瘍をモルヒネとある種の薬草(キャナビスオイル)で70%快癒させたという方に電話、色々情報を聞き出してくれました。まあ、必ずしもいいことではないのですが、医者によって相当知見と技術に差があるようです。概して私は総合病院スタッフに概論的な回答を感じてしまいます。

9月18日 ちと憂鬱

 昨日からキャナビスオイルと漢方の飲用を始めました。いずれも10月に予定されているキモセラピーを前にからだを準備しておくという意図です。また午後9時から午前9時までの12時間プティ断食も始めました。これはその間に内臓器の消化/吸収作業が楽に行われるためです。ああ、他に楽しい話題はないのかなあ、とチト憂鬱。

9月23日 発病3週間、妻の献身に感謝

 9月23日は10月から始まるX線治療のための診断と説明を受けにルマンにある癌専門のCJ・ベルナール病院へ赴きました。

 その朝、妻は7時には8キロ離れた町の化研へ私の最新の血液検査の結果を受け取りに出かけ、休む暇なく9時から1時まで秋のダンスセミナーの最終日を打ち上げ、そのままアンビュロンスのタクシーで私に同行、午後5時に帰宅した時には緊張感の手綱がきれたのか、瞬間でしたが目眩で倒れました。

 思えば妻は私の発病以来3週間、自分の仕事や畑仕事はもちろん、子供の世話、私の看護、3食の特別食づくりに明け暮れ、その献身的な姿は12年来初めて見たものです。まことに申し訳ない。ありがたい。さて私の病状ですが一般の癌と違って健康な肺胞を取り囲んでいる胸膜が侵されているのですからX線による治療は容易ではなく、決定的な治療は化学療法に委ねられるそうです。余命について医師は明確に答えませんでしたが化学療法治療の終わる春2月あたりがひとつの目処、あとは体調次第ということでした。さてこういうことになると今からやれることとやれないことの目安をつけておくことが必要です。早速昨日は18分にわたる音声で映画の関係者数人に今後のことと皆さんからの提案を募りました。まだ頭も手先もしっかりはしているのですが起立していると背中がひどく痛むので寝ながら録音という次第です。




2018年東京公演「レディボーイ イワンイリイチの生涯」
(上野ストアハウス/撮影:大洞博靖)





2018年ミラノ舞踏ワークショップ打ち上げ



2019 年ミラノ公演『鏡を抱いた小児は 戦後日本への最終戦争に赴く』終了後のQ&A(撮影:Michela Di Savino)





岩名雅記氏の舞踏論集の第三作《孤独なからだ》が病床の中、出版されました。
2500円プラス消費税プラス送料、
ご希望の方はライフクロッシング宛と
岩名もえのさんwakamatsu@gmail.com
どちらかまでメールで、お問い合わせください。
四六版180ページ 当誌のHPに岩名雅記氏の写真を多数掲載しました。



岩名雅記:1945年東京生まれ。演劇活動を経て、75年師もなく突如ソロ舞踊を開始。84年迄に全裸、不動、垂立による実験的ソロ・パフォーマンスを150回以上にわたって展開。83年活動の中心をヨーロッパに移す。「全裸の捨て身と爪先立ちの危機感(合田成男)」で人々を魅了、現在まで45カ国120都市でソロ活動を展開。96年フランス南ノルマンディにアトリエを開設。初の長篇舞踏劇映画「朱霊たち」を2006年に制作その後「夏の家族」「うらぎりひめ」「シャルロット/すさび」を完成。5作目『二オンのオルゴール』制作中。

 (編集部)続きの闘病原稿はお預かりしていますが次号に掲載させていただきます。11月4日に当誌のHPに岩名氏から送られた舞踏などの写真も掲載しておきました。

 追記:11月11日夜、岩名雅記氏は亡くなりました。お悔み申し上げます。



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