皆さんはよく、生まれながらにして「運」というものの存在を感じたことはあるでしょうか。私は、最近競馬や麻雀をするのですが、ギャンブルはとても「運」というものの存在によって左右されるものだと思います。ただ、この「運」というものは自分でコントロールすることはできないのか。また、生まれながらにして運のいい人、悪い人がいるものなのでしょうか。今日はこれについて考えてみたいと思います。まずは麻雀です。4人で卓を囲んで手役を作って争います。その際に、待ちの数というものがありますが、これが難しい物で、3つの待ちがある人が待ちが1つしかない人に負けることがあります。そこには上手い、下手関係なく、ただただ、「運」に左右されているだけです。身近なところでいうと晴れ女、雨女とかそういうところでも運を感じると思います。また運というものは極めて主観的な事象であると思います。

 ある人は今日晴れていて旅行がいけて私は運がいいなと思う人がいれば、凄く行きたくないサッカーの大会で雨が降って僕は運がいいなと思う人もいます。

 ただ、私は運というものは選択して起こるべくして起こったことに対しての結果だっただけだと思います。例えば、麻雀では待ちが悪い人がそこでリーチをした、あるいは聴牌(テンパイ)をとった結果であり、天気においてはただの結果でしかない。そもそも雨か晴れなんて2分の1なんだからただの確率でしかない。運というモノは行動することを決断した人についてくる結果の良しあしだと思うのです。


 運とは気でありエネルギーだと思います。津波や地震にも核があります。津波の流れにも最大にエネルギーが集中している点があれば、エネルギーがバラけて分散されている点も散在します。それらが規則性と不規則性の両面を持ち合わせながら流れていきます。エネルギーの無数の流転の内の最大力点がぶち当たる瞬間、このバイオリズムのかみ合わせが宝くじの当選やビジネスの成功などを生みます。そしてそれは、ネガティブな人間にも、運を信じない人間にも、ランダムにぶち当たるのです。だからこそ、行動をしないと始まらないのです。また、運とは個々それぞれで巡るものである以上、複数の運が関われば、タイミングのズレひとつで交通事故にも電車の人身事故にも無差別殺人にも遭います。運とは時間であり、瞬間です。

 その瞬間を自分でどう掴むのか、これが一番難しい課題であると考えますが、私の意見としてはポジティブに生きていくことだと思います。下を向いて、毎日どうしようかな、と考えるだけでなく、何事も行動して自分で運を掴み取るように生きていくだけで自分の世界観は変わっていくと思います。自分の心を持ち、意思を持ち、何事にも本気で取り組み自分から行動する人に運は回ってくるものではないでしょうか。他にも、ピンチはチャンスという言葉を知っているかと思います。今はコロナの影響もあり、大変な方が多いとは思いますが、そこで終わらせるのか、それともこれを始まりとして新たなことへの挑戦に向かうのか。成功を掴みとることへ繋がっていくと思います。それは仕事からプライベートの事象もすべて同じ。コロナなどで気が滅入っていても日々の生活の中で運を引き寄せていけば、自分の力で運を引き寄せてみれば、未来は少し明るい物になるのではないでしょうか。



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