東日本の大震災と東京電力の福島原発事故から丸9年の3・11、未だに放射能に汚染された故郷に戻れずに、避難生活を強いられている被災者の方は4万8000人もいます。

 廃炉作業で高濃度の放射線にさらされている作業員の苦悩や、タンクに満杯の汚染水は海への放出しかないとの判断や全国の原発の再稼働、世界がCO2の削減を目指す中での化石燃料で電気供給へ邁進する安倍政権の愚かさ。今年はコロナウイルスの感染拡大で、3・11を忘れさせ、復興オリンピックだと称して帰還困難区域の駅周辺だけ解除にしての聖火リレーの出発予定は、国民の命より経済優先と安倍首相の極度の自己主義で暴走してきましたが、世界中のコロナ被害拡大でオリンピックの延期が3/24に決まりました。

 2019年の春に出版された『なじょすべ』は原発事故後から福島の惨状を撮り続けている山本宗補さんの写真と、放射能汚染の二本松市から家族が山形県に自主避難した関久雄さんが、現実のやるせなさと希望を詩で表現された本です。関さんは新潟の佐渡島で、福島の子供たちのための『佐渡へっついの家保養キャンプ』も主宰されています。この『なじょすべ』が、山形県の有志の皆さんから加藤登紀子さんの手に渡り、この本の1編の詩にとても共感されて、曲をつけてくれました。





 昨年、福島の被災者が一番多く避難している山形県で、登紀子さんが被災者の方々を励ます11月のコンサートを宣伝する為に、8月に山形県庁で記者会見をしました。

 登紀子さんは戦争中に満鉄に勤める父親と母親の3番めの子供として、満州のハルピンで誕生されて、敗戦の混乱の中を逃げ延びて、2歳の時の1946年の10月に九州の佐世保港に帰国されたそうです。生死をさまよいやっと帰国できたのに、港では出迎えの人たちはおじぎをしただけであったと…せめて、苦労した同胞に対してのねぎらいの言葉や、手を取り合うスキンシップがあったならば救われた気持ちになれたのにと、愚痴を言わなかったお母さんから聞いたと、記者会見で涙を浮かべて話されました。

 このような戦争体験も原点となり、弱者に寄り添われる多くの活動や歌での励ましは、旦那様であった日米安保条約反対の学生運動家だった藤本敏夫さんの『人間は地球に土下座して、謝らなければならない』と、大地に根を張る自然農への生き方の転換と、ご家族に恵まれた人生が糧となったからこそだと…登紀子さんの歌声には人生経験の発酵が熟成された円熟味で、遥かなる大地の香りがするのだと、11月の山形県の南陽市でのコンサートでは、とても大きな感動を受けました。

『なじょすべ』どうしたらいいのだろう……

 この山形県南陽市でのコンサートで披露された歌は、この普遍的な詩からでした。

『歩いても  歩いても』

      詩:関 久雄

歩いても  歩いても

長く  長い道  

どれだけ  歩いたら

あなたに  辿りつける

なげいても  なげいても

遠く  遠い空 

どれだけ  涙  流したら

あなたに  辿りつける

風になって  鳥になって あなたに  会いに行く

海も山も  時も超えて  あなたの  そばにいるよ

風になって  花になって あなたに  辿りつく

海も山も時も超えて

あなたの  そばにいるよ

あなたの  そばにいるよ

 この詩は歌声にのって、音符という種子になり、行く先々で地面に舞い降りて、やがて発芽していくでしょう。野の花のように、しっかりとわたしたちの心という大地に!!



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