世界の国と街を訪ねて19回

世界一美しい建物

サマルカンドの
レギスタン広場

大阪市中央区 馬場 正雄



 眼前にはイスラム様式の3つの建物が例えようのない美しさを見せつけている。2018年1月2日朝8時、広場は人影まばらだ。中央アジアのウズベキスタンの古都サマルカンド、レギスタン広場。朝日を浴びて壁は明るく照り輝き反射する様が神々しい。朝明けの巨大な建物は昨夜のライトアップされた幻想的な美しさとまた違った趣を見せてくれている。陽の光が次第に右の建物から全体に及び明るさを増していった。



神学校


 昨夜近くのホテルで夕食を済ませてツアーの仲間と来た折にも皆、感嘆・賞賛の声を上げた。


 ウワー綺麗!昨日見たブハラのモスクと較べ物にならない。前評判より上の観光地は少ないが、これは間違いなく凄いな。私自身も含め皆が異口同音に誉めそやす観光地の経験はかつてなかった。インドのタージ・マハールは大きな白いシントメリーな美しさだが、ここはカラフルでケバケバしくない色の美しさだ。誰もが感動の言葉を口にしていると、PLEASE JOINT US!の声がして5、6人の現地の人達が写真を撮っているのに、お入りなさいよ、と声を掛けてくれた。彼女らもまたこの美しさに気持ちが昂ぶっていたからだろう。SHYな国民性の我々も、じゃ吾もと次々に皆が入った。感動の言葉を交わしながら昨夜は30分ほどここで見惚れていた。



観る者の心に迫る

青の都の美しさ


 屋根の青と空の青が見事なまでにマッチして、観る者に迫るから青の都とうたわれるのだろう。焼きレンガを建物全体に使い、淡いレンガ色を壁地の基調にしてサマルカンドのブルーと紺色のタイルを幾何学的に組み合わせた模様だ。細かい図柄が施されていないのは、イスラムの教えで動物の生命はアラーからのみ授けられ、人間が動植物を表現することは本来許されないからで線と一部に円を配した単純な模様の壁が主になっている。



よく知られていない

ティムールの遺産


 この地は14世紀に偉大なアミール・ティムールが西アジアを席巻する大帝国を築いた国でもあるが、現代はへんな中央アジアの小国ウズベキスタンにあるからそう知られていないのではなかろうか。



 昼間ガイドに案内されて3つの建物の門をくぐって中に入る。この地は東西交流のバザールが開けていたが、ティムールの孫のウルグ・べクが左側の神学校(マドラサという)ウルグ・ペグマドラサを最初に造り、17世紀にヤラングトシュ・バハドールによって右側のシュル・ドル・マドラサと正面の奥のティリャ・コリーモスクマドラサが建造されたのだった。最初から3つの建物の配置、デザインを考えての一体化した造作ではなかったそうだ。何故このような結果になったのかはアラーのみが知るのかな。実はこの広場の建物はオリジナルがそのままの姿を見せているわけではなく、戦乱やタシケント大地震などで相当崩壊していたのを40年ほど前のソ連時代に修復されたものである。



 ティムール帝国時代の遺跡はよく見ると部分的に剥落したり、傷ついたりしているが、この広場の建物は竣工時の威容を復元している。4本のミナレット(モスクに付属する高い塔)は微妙に傾き、正面左奥の鮮やかなブルーのドームが建物を引き締める役割を果たしている。左右対称でないことを意識してか建造者はアンバランスさを意識させない建築造作を施したのかもしれない。観る者を圧倒する砂の場所の意味のレギスタン広場は、大きさゆえか言葉や写真では表現しきれないので機会を作ってぜひ一度昼と夜に訪れてもらいたい。



 夜、私が広場に別れを告げに4度目に訪れたら旅行仲間も集っていた。何度も何度も振り返って広場を後にした。すると衛視がやってきて「あのミナレットに行かないか?」と近寄ってきてBOSSに携帯電話をして代わると「コンバンワ!10$で案内します」とのことだった。中央アジアの5ヶ国で一番豊かではあるが、まだまだ危険を冒すアルバイトをしたいのだなと思いつつ、未練心を残してレギスタン広場を後にした。



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