2年前の家族写真(筆者左端と母堂右端)

12月30日に一時帰国。
昨年は母の逝去にともない
馬込の実家を売却したため、
今年は連れ合いの類縁を頼って
千葉の市川に投宿している。


 大晦日は「ゆく年くる年」を観たあと、
午前1時まで待って
テレビ朝日の『朝まで生テレビ』を観た。
が \\\\\\\\\\\\\\ 放送開始後30分で
就寝してしまった。番組冒頭で
30年前の同番組風景が放送されて、
大島渚や野坂昭如、小田実らの
懐かしい顔が見えた。
思うに、彼らは当時「知識」というより
生活体験に根ざした
「知性」で しゃべっていた。


 ところが元旦のメンバーのほとんどは
「ウーマンラッシュアワー」の村本以外は
知性の片鱗もない。右左を問わず、
ただ知識を切り売りしているだけの輩。
詩人・田村隆一的にいえば
「ホンネならぬ建前」
の上にどっかりあぐらをかいている
御仁ばかり。野坂昭如的にいえば
<焼け跡闇市から立ち上がってきた
人間にとって現代は幻想である>
という視点の全くない連中。
戦争を知らない世代の悲しき
結末を露呈した。

 例えば自民党の片山さつきは
文在寅
(ムン・ジェイン)
「あの人ロマンチストなのよ」
と一笑に付した。どっこい、
ロマンチスト大いに結構、
理念/理想はロマンから生まれる。
かのバーニー サンダースの
1991年・湾岸戦争反対の国会演説
こそ理念の勝利の典型ではないのか。


 ロマンをバカにしてはいけない。
これが彼らが知性を持たない
「知識切り売り集団」だという証左である。
知識切り売り集団はたいてい国会議員か
有名国公立大学の学者/センセである。
奴らからこの肩書きと給料を切り取れば
何もできない。苦しいながらも在野で
研究/調査/実践している人は多数いる
この人たちは「民の声」の側に立っている
というか、その仕事の仕組み上、民の側に
立たざるを得ない。そんな人たちが
出てきてここで喋るなら
「朝生」議論はまったく様相を
変えてくるだろう。
つまり、理念から政策を
出発させてくるだろう。


 村本が発語すると「教えてやる」
という顔つきをする連中も、
村本の発語の根源性に1秒半ほど
たじろぐのは奴らのなかに
「理念はごめんだ/
理念では飯は食えない」
という制度依存性があるからだ。
つまり根源的な問題を回避してきた
証しなのだ。先日フェースブックで、
ある人が
『殺されることは甘んじて引き受けるが、
殺すことだけはしたくない』と書いていた。
これが覚悟をもって書かれたものだとしたら
このロマンは立派な理念となり、
そう思う人が増えれば「政策」、
はては<正確な意味での憲法9条保持>
に発展するかもしれない。




筆者と家族(2017年ノルマンディにて)


 正月だからといってチャラチャラ和服で
出てきて安全地帯で発言している連中を
オレは大嫌いだ。この場所へミサイルを
ぶち込んで、どんなフットワークで奴らが
動けるのか是非見てみたい。
ほとんどが真っ青になって
ションベン漏らして
腰抜かして終わるだろう。
そうなってから
「せんそ~はんたい~~」
なんて言っても手遅れだ。
御愁傷様。でありんした。(正月三日記)

時間を遡行できないならばせめてこの脚で/


リテラで紹介されている「朝まで生テレビ」記事の一部を別ページに抜すいしています。





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