化 粧

東京都 前島 咲子


先日、地下鉄で新宿3丁目まで出かけた。
久しぶりの新宿で私にしては長時間の乗車だ。
平日の昼過ぎなので車内は空いていて、
向かいの席に座っている
20代らしき女性に目が留まった。


 光沢のある黒いコートを着て、
薄いベージュの細いパンツ。
組んだ足に、きらきら光る飾りが付いた
ピンヒールを履いている。
彼女の意識は顔の前にかざした手鏡に集中し、
ほかの乗客は視野の外のようだ。





 手鏡を頼りに、彼女は化粧に没頭していた。
バッグの中からパフを取り出して
ファンデーションを顔全体にうすく塗リ、
その後、ファンデーションの色を
さまざまに替えて鼻筋や目元、頬、額などを塗った。そして、鏡の位置をちょっとずらして、
出来上がりを確かめた。


 それから、眉を描いた。
電車は揺れたり止まったりするのに、
見事に左右対称に描いた。
さらに、小さなパッケージを取り出し、
中からひょいとつけまつげをつまみあげ、
入念に左右の瞼に貼り付けた。
最後に淡い色の口紅を塗って、
彼女はようやく正面に座っている私を見た。
凛々しいとさえ思える、
若い女性の生き生きした顔がそこにあった。


 そのひとは、私と同じ新宿3丁目で降りた。
背筋をピンと伸ばして大股で軽やかに歩き、
私を追い越してやがて見えなくなった。
その闊達でしなやかな動きは、
私の目にまぶしく映った。
入念な化粧は、

「社会」という闘いの場に身を投じるための
武装だったのだと、
私は何となく納得した。





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