過ぎゆくものたち
時と共に町も人も変わった

さえぐさ のんこ


わが家に戻って2ヶ月がたった。
古巣である阪急沿線の小都市も
時代の波に洗われ20年の歳月によって
人も町も変わってしまった。


 1976年に分譲された私のマンションは
日頃の管理がよく外観上、問題はないが、
40軒ほどの住民の顔ぶれが変わり
私も含め皆が高齢化した。
希望いっぱいに引っ越してきた20代後半の頃、
子どもたちは廊下を走り回り、
地域も賑わっていた。
しかし今は「成熟後の静けさ」、
悪く言えば「活気のない」雰囲気に。


 町は、各地が直面している
「過疎」と「高齢化」の様相を呈している。
近くにあるスーパーは繁盛していたが、
今その面影はない。壁のクロスは破れ放題。
割れた窓ガラスにテープを貼って凌いでおり、
雨天には雨漏りを受けるバケツがいくつも並ぶ。
閑古鳥の鳴く店だから敢えて手を入れないのか、
あまりといえばあんまりで栄華を誇った
かつての偉容は、うらぶれたたたずまいで
滑稽さと悲哀を漂わせている。
経営悪化を風の噂で知っていたが、
こんなカタチで凋落ぶりを露呈しているとは。





大阪市北区扇町公園の夜桜もおつなもの




 ウオーキング中に出くわした朝6時の風景。
男性ばかり15、6人の高齢者が
このスーパーの開店を待っていた。
一人暮らしの人が多くなったせいか、
20年前には見かけなかった
男性の買い物姿が当たり前になった。
大勢の顧客が押し寄せる
もう1軒の大手スーパーのコーヒーショップでは、
朝から高齢の男性たちが
ズラリと席を陣取っている。
退職後の男性が全日制市民となって
地域に戻ったが、
彼らの手持無沙汰を解消するよりどころ
となっているのだろうか。


大阪の賑わいが好きだった


 一方、これと対照的なのが
6月まで住んでいた大阪市北区の
天神橋六丁目界隈。
病院、介護施設など社会資源が豊富で、
市民にとっては安心感がある。
戦火を逃れた路地を覗けば
長屋が今も連なり、お年寄りが数多く住んでいる。
ある時、自転車の若者が
おばあさんにぶつかった。
おばあさんはひっくり返り、
通りかかった一見やくざ風、
こわもての男性が逃げようとする若者を捕まえ
「こらー、ちゃんと謝らんかい。ここは歩道や。
自転車は遠慮してゆっくり行かんかい!」
と本気で怒鳴っている。
いいとこあるやん、人情の町。
困ってる人を見たら放っておかない、
おせっかいな人が町のそこここにいる。
ホンネで生きる町は時に煩わしいこともあるが
人懐っこく、やさしい。喧噪極まりない町の中で、
若者の活気だけが目立つのは
落着かないものだが、
お年寄りの存在が町にホッとする
いいバランスを醸し出している。


 とりわけ面白いのは天神橋筋商店街。
顔見世の花道のごとく「どや」
といわんばかりに、
自己主張丸出しのファッションで
闊歩する人もいる。
一瞬驚いても、
「ま、ええんちゃう?それぞれの自由やもん」
の包容力で違和感なく、
雑多で人の思惑など気にしない
ごった煮の大らかさがいい。


 そして選挙になれば必ずやってくるのが候補者だ。庶民の味方づらした演説も、当選すればどこ吹く風のどんでん返し。商店街はそんな芝居小屋の花道でもある。最近の政治家は平気でウソをつくやからが多い。この花道を行く姿を見たら「コラー、ウソついたらあかんでー」とゲキを飛ばしてやりましょう。

 こうした懐かしい町の記憶があるから
古巣との落差を一層感じるわけだが、
実際には目の前に六甲連山の東端が迫り、
目を転じれば中山連峰の山並みも。
山々の谷筋のひだまでくっきりと
陰影濃く浮かびあがらせる緑の多彩さと
自然の美しさに心慰められることも多い。


 一言。高齢になっての引っ越しは無謀だと
つくづく分かった。
気力も体力もないから2ヶ月を経た今も
家の中は混沌。友人は
「ごみ屋敷ちゃうかと人は思うで」
と手厳しい。
かなりのものを捨てたが、
70年間せっせと貯め続けたモノが
家の容量を凌駕して私の自由を奪っている。
もっともっと断捨離だ。最後の転機に、
これからの時間を身の
たけだい
自分らしく生きると決めた。


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