死期を迎えつつある母へ

母よ、お母さん、
ありがとう

東京都荒川区 大下 芳幸







私はこう題字を書いただけでも涙が流れてきた。
涙で文字盤が見えなくなってしまった。
私の母は今高齢で病気と闘っている。
いや、病魔は母の体内深く侵入し
誰の目にもそう永くはないと分かる。
腕は老木のように細く傷跡が随所に見える。
体も骨ばかりでそっと動かさないと
折れてしまいそうで、もはや35キロも無い。
裸の姿は見るに耐えないのは
母自身が良く知っている。
そう、死に顔が顕れているようにもみえる。
後は苦しみを痛みを和らげることしかない。
あれほどオムツを嫌がっていたのに
今は抵抗無く替えてもらっている。
さすがに替えてもらうときには
アッチヘいけとの顔をする。
そして母自身ももう死にたいと言い、
殺してくれと私に迫る。
もう、簡単な話しかできない。
あんなに聡明でしっかり者の母の姿は
もうそこにはない。
人の命は、母の命は尽きるもの
と分かっていても、覚悟をしていても
自然と涙が湧いてくる。
もう、言葉を交わすことも、
心を通わすこともできなくなった母。
食べ物も喉をとおることもできなくなった母。
でもまだ母は生きている。
命をちぢめることも
永らえることも私にはできない。
苦しいとか哀しいとかの感情よりも
ただ時を待つ思いだ。
明日かも来週かも来月かも知れない。
もしかしたら来年まで持つだろうか?
そんな状態で生きていて何が楽しいのか?



1日でも1時間でも1分でも永く生きていてほしい


 走馬灯のように母との想い出が蘇る。
そこには元気なしっかりした母がいる。
もうそんな母の笑顔は永遠に還ってこない。
人の世の定めとはいえ悲しい別れが待っている。
刻一刻とまちがいなく近寄ってきている。
泣こうが叫ぼうが無慈悲にその瞬間が迫っている。
せめて母への感謝の気持ちを記しておきたい。
涙でキーが濡れる。構わない。
母を亡くすことはそれほど悲しいことだから。


 そう、無条件で私を慈しんでくれた母。
正に陰になり日向になりして
私を見守ってくれた母。
私が今日あるのはお母さんのお陰です。
どれだけ感謝しても、
言葉を口にしても足りません。
誰よりも私のことを理解してくれて、
私の生き方にも関心を示し、
応援してくれて、庇ってくれたお母さん。
私の人生の折々に母が顔を現わす。
幼稚園で華厳の滝をバックに母と私。
私の恋人のことを心配して
無断で彼女宅を訪問した母。
大学の卒業式に付き添いに上京した母。
盲腸で苦しんでいた私を救急車に訴えた母。
仕事で苦しんでいる時にも
助け舟をだしてくれた母。
もういい歳になっても
損得なしの思いを注いでくれた母。
私は母と殆どいさかいをしたことがない。
激しく叱られたこともない。
特にお利巧ぶろうとしたことはないつもりだが。
ご機嫌を取ろうとしたこともないが、
他の兄弟が嫉妬する関係だったかも知れない。
でも、母は他の子にも
まちがいもなく等しく愛情を注いでいたことを
私は知っている。


 人間界に限らず動物界においても
女親が我が子に対する
愛ほど深いものはない。
男親の私には計り知れないほどだろう。
十月十日体内で赤ちゃんを守り育むのだから。
こんなに永く安全なお腹の中で
育てるのだから母子の絆は太いものであろう。
これだけ永くお母さんの胎内で
過ごす動物も他にはいないだろう。
出産後も大人になるのに
人間ほど手間暇がかかる生物は知らない。
それほど人のお母さんは
子供に対して限りない愛情を注いでいるわけだ。
残念ながら父親は
とてもとても母親にかなうものではない。
お母さん、ありがとうございました。



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