工業文明の発展が

環境破壊をもたらした

聞き手 LIFE CROSSING編集部








北朝鮮の核ミサイル、地球環境破壊を防ぐ為のパリ協定、トランプ米大統領の離脱宣言、テロと難民問題等人類の存続を脅かす難問が私たちに突きつけられている。元毎日新聞記者の川名英之氏は現役時代からこの問題に取り組み、その著作によって社会に警鐘を鳴らされている。小紙は川名氏にインタビューを試みた。


川名さんの公害・環境問題の著作ですが、個人が

出版されるには大変な苦労がおありだったでしょうね

川名  毎日新聞に在職していた頃から書き始め、

定年(55歳)から取材と執筆に専念しました。

費用面でしんどかったですが、2つのシリーズ計24冊

で自分の思いを気兼ねすることなく書けました。

これ以外にも『核の時代70年』、『なぜドイツは脱原発

を選んだのか』など12冊を書いたので全部で36冊に

  編集部71311.jpg現役時代に、環境問題を担当さ

れたそうですが、日本の公害と世界の環境問題

24冊書くに至った動機は何ですか?



環境庁官房の

 田中努氏に感銘して



川名  環境庁詰め記者だった1980年、

カーター米大統領が総力を挙げて作成させた報告書

『西暦2000年の地球』(通称カーター・レポート)は、

オゾン層の破壊、地球温暖化、熱帯雨林の減少、

大気汚染の激化など地球環境問題や資源、人口、

食料問題などを放置すると、未来に暗い影を落とすと

警告し、世界的な反響を呼びました。





環境の悪化は南極と北極に顕著に現れる。
南極の氷はどれだけ保てるか?




 そして環境庁官房国際課長の田中努氏

(地球環境問題の専門家でもあった)が、鯨岡兵輔

長官に『西暦2000年の地球』の要点を説明し、

2年後の1982年5月にケニアで開かれる国連

ナイロビ環境会議で「積極的な提言を行い、日本が

国際社会に貢献する必要があります」と進言。

課長に動かされた長官は鈴木善幸首相を動かし、

首相の指示で「地球規模の環境問題に関する懇談

会」設置のお墨付きを得ました。懇談会の報告書は、

長期的な地球環境保全対策を検討するため国連に

特別委員会を設置するよう提言、後任の原文兵衛長

官がナイロビ国連環境会議の各国代表演説で登壇、

懇談会報告の趣旨に沿った提言をし、国連に

ノルウェーのグロ・ブルントラント首相を委員長とする

「環境と開発に関する世界委員会」が設置されました


 この委員会の審議の結果、「地球環境保全のため

には『持続可能な開発』を目指すべきである」とする

報告書が発表され、この概念が1992年6月の

「地球サミット」を機に、地球環境保全のキーワードと

なりました。私は田中氏を取材して大きな感銘を受け

、環境保全に役立つことをしなければと一念発起、

環境問題を系統的、年代的に書く仕事に取り組む

ことを決めたのです。



 編集部 71314.jpgそれでは川名さんの著作を紹介して下さい。



川名  1986年から96年まで10年がかりで

『ドキュメント日本の公害』13巻、05年から10年がかり

で『世界の環境問題』11巻を緑風出版から出しました

。資金がないのに無謀でしたね。借金もしました。

思い出深いのはカザフスタンの砂漠の中のアラル海

(塩湖で灌漑開発によって湖面が干上がり極めて

わずかしか残っていない)の取材で、日中は45℃、

明け方は5℃という寒暖の差の激しい砂漠での

テント生活は70歳の老いの身には応えましたね。


 ところで18世紀に英国で始まった産業革命は

人類の歴史に画期的な発展をもたらしたのですが、

本格的な自然、環境破壊の始まりでもあったわけで、

工業文明の発展が自然、環境破壊をもたらしたとい

えます。



 編集部 71317.jpg人類が地球規模の環境破壊に

気づき本気で問題にし始めたのはいつ頃ですか?



川名  人類社会が対策を検討した最初の会議が

1972年6月、北欧の酸性雨被害の問題を直接的な

テーマとしてスウエーデンで開かれた国連人間環境

会議です。この会議のあとも地球の環境は悪化傾向

をたどり、これを心配したカーター大統領が指示して

作成されたのが『西暦2000年の地球』です。

オゾン層破壊は食い止めることができ、地球温暖化

が最大の問題となりました。


 カーター・レポートが出てから12年後の1992年6月

、ブラジルで国連環境開発会議(地球サミット)が

開かれ、地球温暖化防止条約と生物多様性条約の

調印が始まり、97年12月、先進国の温室効果ガスの

削減目標値を決めました。

しかし条約が発効したのは8年後の2005年2月。

その後、発展途上国も含めた全世界で温室効果ガス

を削減する機運が高まり、2015年12月、温暖化

防止のパリ協定が締結されました。




パリ協定(平均気温を2度下げる協定)第21回気候変動枠組条約締約国会議COP21の
各国の代表団=2015年11月30日開幕  




自動車各社は生き残りかけ

 世界一厳しい規制をクリア



  編集部71320.jpg日本では60年代から四日市公害、

水俣病、自動車排気ガスなど公害問題が、

大きな社会問題になりましたね。

川名  車の排気ガスに含まれる窒素酸化物が

光化学反応を起こすので、米国ではマスキー法で

それを10分の1以下に規制しようとしましたが、

自動車メーカーの圧力で実施できなかった。

日本では美濃部都知事の東京都など7大都市が

国を突き上げて環境庁に世界一厳しい基準の規制を

クリアするよう求めました。トヨタをはじめ自動車各社

は生き残りをかけて規制をクリアできる車を作り

世界に冠たる自動車産業ができたのです。

これは日本の高度成長の一因だったし、

今日の日本車の繁栄を招いた理由でもあります。



 編集部 71323.jpg今の私たちは便利な文明社会を

享受するのが当たり前になっていますね。



川名  人類は生活を便利に豊かにするために

野生動植物を利用し生態系を破壊してきました。

とりわけ建築・工業製品・家具・紙製品や燃料のため

に木材の伐採を続けました。

 わずか1万年間に地球上の38%が消えました。

熱帯雨林には地球上の半数弱の生物が生息して

いるのですが、大規模な伐採によって、そこに生息

していた生物種の5分の1を絶滅させたと言われて

います。気がつかないうちにじわじわと破壊が進み、

長い年月を経た時に取り返しのつかないほど大きな

生態系破壊をもたらすのが地球環境問題の

特徴です。



  編集部71327.jpg文明が地球環境を破壊し始めたのは

皮肉な現象ですね。



川名  産業革命が地球環境を破壊するルーツ

だったわけですが、人類社会が初めて対応策を

取ったのが、それから200年後の1972年6月の

ストックホルムの人間環境会議です。対応が余りにも

遅かったですね。各国が協調して保護しなければ

いけないのに、愛国心を煽り、国益を主張する

「自国ファースト」主義が世界に広がれば、人類は

自分の首を絞めることに。

(次号につづく)




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