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かわら版 今日のひと言

●大津市立の小中学校の卒業式では大津市の旗を掲げ、大津市の歌を歌おう!

 
2012年8月                                         大津市 鎌田明彦
                                           


 大津市民になって41年。住んでみるとなかなか良い街である。私はこの街で二人の男の子を育て上げた。さて、今年の1月に大津市長選挙があり、彗星の如く現れた36歳の女性弁護士が三選を目指す現職を破って当選した。越(こし)直美さんと言う。
 
 選挙前に越さんが私の住む瀬田の駅前で演説をしていて、大津から日本を変えようと叫んでいた。その言葉に感動して私は越さんを熱烈に応援した。
 
 私は越市長に是非ともやってほしいことがある。それは大津市立の小中学校の入学式、卒業式では日の丸、君が代ではなく大津市の旗を掲げ、大津市の歌を歌うようにしてほしい、ということである。

 私の子供が出た小学校は瀬田東小学校で中学校は瀬田北中学校。いずれも大津市立であって国立ではない。大津市立の学校のセレモニーにおいて大津市の旗と歌を差し置いてなんで日の丸と君が代が登場するのか。理屈に合わないではないではないか。

 大津市の旗を掲げ大津市の歌を歌うのが地方分権の本来の姿ではないか。大津市の歌に天皇制賛美の文言はなく、日本の軍隊が大津市の旗を担いで他国に攻め込んだことは一度もない。大津市の旗を掲げ大津市の歌を歌う段にはどこからも文句は出ないだろう。

 来年の卒業式シーズンの前に記者会見をして市民に語りかけてほしい。「大津市の小中学校の入学式、卒業式では大津市の旗を掲げ大津市の歌を歌うこととします。大津市の歌がお気に召さない方はそのまま着席いただいて結構です。大津市では列席された皆様に無理やり歌を歌っていただくのではなく、皆様がたの自発的な御協力により厳粛なセレモニーを作り上げたいと思っていますので、御協力をよろしくお願いします。」

 テレビカメラの前に市長が現れてにこやかに上記の説明をすれば人々の拍手喝采を浴びることになるだろう。むりやり君が代を歌わそうとしゃかりきになっているどこやらの市長に対する強烈なアンチになる。

 大津市民は大津市における政権交代の効用を実感することになる。そして子供たちには郷土愛が植えつけられることになる。日の丸、君が代については授業の中で教えればよい。後に続く自治体が続々と現れれば、まさに大津から日本を変えたことになる。



私は言いたい、『死』んだらどうなるの?

 2013年10月

人生最大の事件はダントツ、死ぬことなのに、大して話題にならないのは不思議です。
『生』まれるのも大事件だけど、本人は生まれるのはほとんど分かってないが、死ぬことは一生涯を通じて目の前に突き付けられた現実なのに、一生涯を通じて大して議論にならないのはおかしい。
全ての生物も死が最大の問題だけど(多分)考えてはいないだろう。
そう、『死』は人間だけが考えられる特別な世界なのに拘わらず考えないのはどうしてだろう?考えてもどうにもならないから?避けられないから?わからないから?そうか宗教に逃げる手もあるな。
それはごまかしだと思うが。或いは議論しても死後の世界は対処のしようのないことだろうからか?死をどう迎えるかは多少心構えの話は聞くが、それは『死』そのものではなく死の瞬間を議論しているに過ぎない。
永遠の期間に渡る『死後の世界』をつまり『死』の本質を問うているわけではない。
答えは簡単『無だ』も一つの正解だろう。死後の世界は良いとこらしいよ、だって誰も帰って来ないもの――も正解かも知れない。
藤村操のように『人生曰く不可解』と華厳の滝ならぬ現代なら南米のイグナスの滝に飛び込みますか?哲学の世界で樹海のように迷い出れないのもよかろう。
私のように『死ぬのは死ぬほどいや』と逃げ回るのも一つの手かも知れません。
葬式やお墓や遺体などを尊重するならもっと『死』も尊重して死とはなんぞやを考えてもらいたい。
暗い話と言われそうで恐縮だが『死』を避ける医療・医学に費やす百分の一、いや百万分の一のエネルギーで死をも各処で研究してくれと私は言いたい。